防水と撥水の科学的な違い:意外と知らない基礎知識

はじめに

アウトドア好きの佐藤さんは先日、アウトドアショップで高額なレインジャケットを購入しました。店員から「この商品は高性能な防水・撥水加工が施されています」と説明を受けましたが、ふと疑問が浮かびました。

「防水と撥水って同じじゃないの?」

実は、この疑問を持つ人は非常に多いのです。さらに、アウトドアショップやホームセンターでさえ、撥水効果だけの商品を「防水スプレー」として販売していることも珍しくありません。この混乱は、多くのウェブサイトでも見られ、誤った説明が広まっています。

今回のブログでは、防水と撥水の科学的な違いを具体例を交えながら分かりやすく解説します。「耐水」という概念についても触れる予定です。

防水と撥水:全く異なる物理現象

結論から言うと、防水と撥水は全く異なる物理現象です。「防水の弱いものが撥水」といった強弱の関係ではなく、根本的に別の特性を指します。

防水とは?

防水とは、水が通過できないようにする機能を指します。水を「防ぐ」という意味そのままです。

例えば、ペットボトルの水を乾いた土の地面にこぼしたとき、その水は地面に染み込みますね。これは地面に防水機能がないからです。一方、同じ水をビニール袋の上にこぼすと、水は袋を通過せず、上に溜まります。これが「防水」の基本的な性質です。

具体例: 山本さん(35歳)は登山中に突然の雨に見舞われました。彼の着ていた一般的なウインドブレーカーは最初は水を弾いていましたが、しばらくすると生地は水を吸収し、中の服まで濡れてしまいました。しかし、同行していた友人の高橋さんが着ていた防水加工されたレインジャケットは、同じような状況で生地は水を吸収しているように見えましたが、2時間の降雨でも内側は全く濡れませんでした。これは、高橋さんのジャケットが特殊な防水膜でコーティングされ、水分子が通過できないようになっていたからです。

防水性能は通常、どれだけの水圧に耐えられるかで測定されます。例えば「1000mmの防水性能」といった表現がこれにあたります。数値が高いほど、より高い水圧(つまり強い雨や水没など)にも耐えられることを意味します。

撥水とは?

撥水は「水を弾く現象」です。これは防水とは全く異なる物理現象です。

撥水の本質は実は「水自身の性質」にあります。水は何も力が加わらなければ、球体になろうとします。宇宙空間に浮かぶ水滴が完全な球体になることを映像で見たことがある人も多いでしょう。これが水の自然な状態です。

しかし地球上では、水は何かの表面に接触すると、その表面との間に引き合う力が働きます。この力が強ければ水は広がり(親水性)、弱ければ水は丸まったまま転がります(撥水性)。

具体例: 田中さん(28歳)は新しい車を購入し、ディーラーで「ガラスコーティング」を施してもらいました。雨の日、彼は興味深い現象に気づきました。コーティングを施した車のボディ上では、雨粒が美しい球体を保ちながら転がり落ちていきます。一方、コーティングしていないヘッドライト部分では、水が広がってフィルム状になっています。これは同じ雨水でも、接触する表面によって振る舞いが全く変わることを示しています。撥水加工された表面では、水と表面の引きあう力が弱いため、水は自身の表面張力によって球形を維持するのです。

撥水性は「接触角」という指標で測定されます。水滴が表面と作る角度が大きいほど撥水性が高いとされ、多くの場合、90°以上を「撥水性がある」と判断します。さらに、接触角が150°を超える場合は「超撥水」と呼ばれることがあります。

耐水とは?

耐水とは、「水による悪影響を受けにくい性質」を広く意味する用語です。防水や撥水とは異なり、完全に水を防いだり弾いたりするわけではなく、ある程度の水に耐えることができる状態を指します。

具体的には以下のような特徴があります:

  1. 広義の概念: 防水よりも幅広い状態を指し、水に対してある程度の抵抗性があることを表します。完全な防水ではないけれども、日常的な水濡れには対応できる状態と言えます。
  2. 製品例: 「耐水時計」は手洗いや雨には耐えられますが、水泳や水中での使用には適していません。
  3. 技術規格: 機器に関しては、IEC規格のIPX(Ingress Protection)という侵入保護規格があり、IPX0〜IPX8まで段階があります。数字が大きいほど耐水性が高くなります。
  4. 衣類の場合: 防水生地が使われていても、縫い目にシームテープが施されていないジャケットなどは、「防水」ではなく「耐水」と表現される場合があります。
  5. 化粧品など: 化粧品の「耐水性」は、水に触れても機能を維持できるかを示す性質です。

耐水は防水や撥水のように明確に定義された物理現象ではなく、より実用的な観点から「どの程度水に耐えられるか」を表す相対的な概念と言えます。

実験で確かめる防水と撥水の違い

言葉で説明するだけでは分かりにくいので、ご家庭でも確認できる簡単な実験を紹介します。

必要なもの

  • ラップフィルム
  • 布(雑巾など)
  • 撥水スプレー
  • スポイトまたは小さじ1杯の水

実験手順

  1. テーブルの上にラップフィルムと布を並べて置きます
  2. 布の半分だけに撥水スプレーを吹きかけ、乾かします
  3. それぞれの上に水滴を落としてみましょう

結果

  • ラップフィルム上の水:広がらず、丸い水滴のまま(撥水性あり)。しかし、下に水は漏れない(防水性あり)
  • 通常の布上の水:すぐに吸収され、下に漏れるorテーブルが濡れる(撥水性なし、防水性なし)
  • 撥水スプレーした布上の水:布に広がらず、丸い水滴のまま(撥水性あり)。しかし、強く押すと下に水が漏れるorテーブルが濡れる(防水性なし)

この実験から、防水と撥水は別の性質であることが分かります。ラップフィルムは防水でありながら撥水でもありますが、撥水加工した布は撥水性はあっても防水性はありません。

誤解されやすい「耐水」の概念

耐水という言葉も頻繁に使われますが、これは防水や撥水とはまた異なります。

耐水とは、水に耐えられる(水による悪影響を受けにくい)という広い意味を持ちます。例えば、電子機器の「耐水機能」は、少量の水滴や湿気には耐えられることを意味しますが、完全な防水ではないことが多いです。

具体例: 佐々木さん(42歳)は「耐水時計」を購入しました。説明書には「日常生活での水濡れに耐えます」と書いてありましたが、プールで泳いだ後、時計の内部に水が入り込んでいることに気づきました。これは、耐水≠防水の典型的な例です。耐水時計は手洗いや雨などには耐えられますが、水泳や水中での使用には適していません。より高いIPX7やIPX8等級の防水時計であれば、水泳や潜水にも耐えられるでしょう。

実用的な比較:アウトドア製品における防水と撥水

アウトドア製品を例に、防水と撥水の違いを考えてみましょう。

レインウェアの場合

1. 完全防水型レインウェア

  • 特徴:防水膜が使用され、縫い目にもシームテープが貼られている
  • 撥水性:通常、表面に撥水加工もされている(水滴がコロコロ転がる)
  • 防水性:高い水圧にも耐えられる(10,000mm〜20,000mm程度)
  • 適している状況:長時間の雨、荒天の登山など
  • 欠点:通気性が劣ることが多く、汗をかきやすい

2. 撥水加工のみのウインドブレーカー

  • 特徴:撥水加工は施されているが、防水膜はない
  • 撥水性:あり(水滴が丸くなって転がる)
  • 防水性:無いもしくは低い(一時的な小雨に耐えられても持続的な雨や水圧には耐えられない)
  • 適している状況:短時間の小雨、霧雨、風よけなど
  • 利点:軽量で通気性がよい場合が多く、コンパクトで携帯しやすい

具体例: 小林さん(30歳)は友人と山登りに行きました。予報では小雨の可能性があったため、小林さんは軽量の撥水ウインドブレーカーを選び、友人は完全防水のゴアテックスジャケットを着用しました。登山中、予想外の豪雨に見舞われると、小林さんのウインドブレーカーは20分ほどで撥水効果が薄れ、水を吸収し始めました。一方、友人のゴアテックスジャケットは3時間の降雨でも撥水効果は薄れましたが、内部を完全に乾いた状態に保ちました。これは、撥水加工のみでは持続的な雨に対応できないことを示しています。

テントの場合

1. 防水テント

  • フライシート(外側のカバー)に防水コーティングが施され、地面に敷くグランドシートも防水
  • 縫い目にシームテープ処理がされている
  • 一般的に水柱2,000mm以上の防水性能を持つ

2. コットンテントorシームテープレステント

  • コットンテントはコットンに撥水加工、そしてコットン繊維が膨潤することで水の侵入を防ぐ
  • シームレステントはフライシートに撥水加工のみがされていて、縫い目は折を入れて、簡易的な防水をしている
  • 軽い雨や朝露には対応できるが、激しい雨には不適切
  • 通常は晴天時のみ(あっても一時的な雨)の使用を想定

防水性と撥水性の維持・回復方法

防水と撥水は異なる性質であるため、それぞれに適した維持方法があります。

防水性の維持方法

  • シームテープや防水コーティング(テント)の劣化を防ぐため、使用後は十分に乾燥させる
  • 防水膜を傷つけないよう、洗濯時は優しく扱う
  • 防水テープが剥がれた場合は、専用の修理キットで補修

撥水性の回復方法

  • 洗濯して汚れを落とす(汚れは撥水性を低下させる)
  • 乾燥機で温める、またはアイロンで低温処理する(熱処理で撥水性が回復することがある)
  • 撥水スプレーや撥水剤で再処理するorもしくは専門店に依頼する

具体例: 鈴木さん(39歳)は3シーズン使用したレインジャケットの撥水性が低下していることに気づきました。まず専用洗剤で洗濯し、完全に乾燥させた後、乾燥機で20分温めました。それでも撥水性が回復しなかったため、市販の撥水剤を使い再処理しました。再処理後は雨水が美しく玉になって転がるようになり、撥水性が回復しました。ただし、肩の一部にはシームテープ剥がれ箇所があり、そこからは水が浸入してしまうため(防水性の低下)、防水テープを再度張り直ししました。

まとめ:防水と撥水の違いを理解する重要性

防水と撥水は全く異なる物理現象です:

  • 防水:水が通過できないようにする機能
  • 撥水:水を弾いて丸い水滴を形成させる現象
  • 耐水:広く水による悪影響を受けにくい性質

この違いを理解することで、あなたのアウトドア活動に適した製品を選べるようになります。完全な防水性が必要な状況もあれば、軽量な撥水加工だけで十分な場合もあります。

例えば、登山では完全防水のレインウェアが必要ですが、街中での小雨なら撥水加工のウインドブレーカーでも対応できるでしょう。

製品の購入時には、「防水」と「撥水」の表記を正確に理解し、あなたの用途に合った適切な選択をしてください。そして何より、これらの性質は適切なケアによって長く維持できることを忘れないでください。

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